高級宝飾店としてのカルティエは、ルイ・フランソワ・カルティエが
1847年に設立。
折りしもナポレオン3世の第2帝政期、産業がめざましく発展し、
贅を尽くした夜毎の夜会で光を放つ時代であった。
カルティエのジュエリーは貴族趣味溢れる作風で、まずは裕福な
ブルジョワ階級に評判となり、皇帝の従妹マチルド公爵婦人、
ナポレオン3世とその妃ユウジェニー皇妃らを魅了した。
3代目ルイ・ジョゼは、芸術とビジネスのセンスに秀で、人間的な
魅力にあふれており、現在のカルティエのもつ「洗練」の基盤を
完成させた。
1898年には経営を任され、翌年、現在のカルティエ パリ本店のある
ラ・ペ通り13番地に店を移転。
19世紀後半、ダイヤモンドの輝きを最大限に生かすプラチナを
カルティエが初めて本格的に宝飾品に用いた。
カルティエはその後、イギリス王となるウェールズ王子に
「宝石商の王であるがゆえに、王の宝石商」
と言わしめ、その言葉どおりの歴史を築き上げる。
1904年、ルイの友人のブラジル人飛行士アルベルト・サントス・デュモンに
「飛行機の操縦桿から手を離さずに見ることのできる時計が欲しい」
と依頼されたことから誕生したのが、「サントス・ウォッチ」。
「サントスウォッチ」は、腕時計の新時代を切り開いた。
樽の形からインスピレーションを得た「トノー」(1906)、亀の甲羅が
モチーフとなった「トーチュ」(1912)、第一次世界大戦で活躍した
戦車にインスピレーションを受けてデザインされた「タンク」(1917)が
後に続く。
またベストセラーの一つ3色のゴールドで作られ“3連のリング”は、
彼が敬愛するジャン・コクトーのために作られた。
1960年代になってカルティエ一族の手を離れたメゾンは、1973年に
新コンセプト「レ マスト ドゥ カルティエ」により、王侯貴族などの限られた
人たちの手からジュエリーを愛する多くの人々の手へと広がっていく
ようになった。
世界の王侯貴族に愛され、ヨーロッパ各国の王室から御用達店の
指名を受けたカルティエ。
伝統を守りつつ、画期的な試みでモダンなジュエリーを生み出した
カルティエのスピリットは今も変わることなく引き継がれている。
<エルオンライン参照>
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